Saturday, September 05, 2015

終着駅シリーズ246:緑(’12年02月26日撮影)

 釧網本線(JR北海道)の緑です。
 ご承知のように?網走側から電車に乗ると、午前中の11時28分発快速しれとこ号から、冬季は16時発ちょうどの釧路行き、それ以外の期間はなんと18時10分まで、釧路方面の電車が全くない時間があり、事実上の昼間の終着駅となっています。
 駅は’31年09月20日の釧網本線全通の時に上札鶴駅として開業します。網走側の隣駅札弦(札鶴)は’29年11月14日に網走本線の終着駅として開業していますので、この項で取り上げるのならば、本来はそちらの駅のはずですが、このさい細かいことは気にしない(笑)ことにします。
 さて、筆者は昼間のこの電車のこない時間に、ここに降り立ったら何かあるのだろうか?と無計画にここで下車したことがあります。しかしここからは接続するバスなどはあるはずもなく、ただ無為に時間を過ごしただけでした。結局のところ時間をもて余し、釧路方面に行く予定だったのに、一旦網走まで戻ることになった。なつかしい?はずかしい?思い出の駅です。
 そして月日は流れ、まさか、この駅にスキー旅行のために、再び訪れることになろうとは…

Wednesday, September 02, 2015

終着駅シリーズ245:網走(’12年02月26日撮影)

 JR北海道の石北本線と釧網本線の終着駅の網走です。国鉄時代の’87年に廃止になってしまいましたが、かつての湧網線も当駅が終着駅でした。
 この駅は鉄道院によって、1912年10月05日に網走本線(池田〜網走〜札鶴)の終着駅として開業します。開業当時は現在より東よりの網走市新町3丁目付近にあったようです(現在ではその地に石碑が建っています)。旧駅は終端式の駅であったため直通運転に支障がありそれを解消するべく、現在地に移転しています。
 写真は夜の網走駅ですが、現在では少なくなってきた国鉄時代の駅舎です。筆者はこの夜の網走駅を見ると思い出すのですよ。昔はここから急行大雪に乗って良く夜を明かしたな〜と。昔存在した周遊券というJR北海道線内を乗り放題となる切符を使って。指定席を取ると急行料金も取られるので、改札前に出来た自由席争奪戦に参加する長蛇の列に並んだな〜。

Friday, August 28, 2015

終着駅シリーズ172:品川(’13年05月10日撮影)

 JR東日本、東海と京浜急行の路線が乗入れる品川です。この駅の説明はもういいでしょう。
 2027年には中央リニア新幹線がここを起点にすることが既に決まっています。また、東京都営地下鉄6号線三田線が沢山の税金のムダ使いによってここまで延長されることになりそうです(詳しくは泉岳寺の項を参照してくださいね)。

Thursday, August 27, 2015

終着駅シリーズ244:中野(’12年09月19日撮影)

 JR東日本中央本線の途中駅の中野です。東京地下鉄5号線東西線の始発駅でもあります。
 この中野は、1889年04月11日甲武鉄道の新宿〜立川間の開業時に開設されます。’66年03月26日には営団地下鉄東西線の中野〜高田馬場と九段下〜大手町間が開業し、既に開業していた間の区間と合わせて大手町まで繋がります。この時に始発駅の仲間入りをしています。
 浦和の陰にかくれていて、あまり言われることがないのですが、○○中野(または中野○○)という駅も実は多いのです。中野、東中野、新中野、中野坂上、中野新橋、中野富士見町、信州中野(笑)。西武新宿線がもっと協力的だったら〜もっとあったのにと思ってしまいますが。
 付近は近年、学生街としての再整備が進んでおり、明治大学、帝京平成大学、早稲田大学などのなだたる大学が北口に集結してきています。駅前からは写真の東西連絡路(歩道橋)が開通していてそこへの通学の利便性を高めています。今後は中野サンプラザ建て替えなどの再開発や、駅ナカの開発などが予定されていてまだまだ目が離せません。

Sunday, August 23, 2015

終着駅シリーズ243:東池袋(’11年12月08日撮影)

 都内で計画されている3つ?のLRT路線のうち、筆者が独断と偏見でその実現性が高いと思う、東京都豊島区が計画している東口回遊線の終着駅となるであろう東池袋駅です。実際にはその名前のとおり回遊線という循環線で計画されていて、始発駅~終着駅ともに池袋駅東口となる可能性が高いのですが。
 計画されている3つのLRT路線は、この東京都豊島区が計画している東口回遊線が池袋駅東口~旧区役所前~サンシャインシティ~旧造幣局~東池袋駅~グリーン大通り~池袋駅東口で、その他に西口回遊線として池袋駅西口~立教大学~池袋駅西口があり。東京都中央区が計画しているものが、銀座~環状二号線~築地市場~勝鬨。東京都江東区が計画しているものが、亀戸駅~小名木川貨物線~新木場駅です。
 中央区の路線は、オリンピックに関連して同区間での地下鉄構想が発表されていますし、現在の大江戸線の勝どき駅の混雑を考えるとLRTの役ではないのかもしれません。同様に江東区の計画路線も有楽町線の延長が計画されている区間にほぼ平行することから、こちらも構想レベルに思えます。
 一方でこの路線は、豊島区役所を池袋駅前から東池袋に移転した関係で、その交通機関としての役割が期待されています。さらにグリーン大通りを車両通行止めとし、歩行者専用道路化することで駅前一帯を歩行者専用エリアとする構想があり、その中心の交通としてもLRTが必要であるとされています。とりあえずの問題となる区役所への足は、草63-2系統(とげぬき地蔵前~池袋駅東口~東池袋一丁目)が新設されてその確保にあたっていますが、やはり軌道系の交通機関はほしいところでしょう(まあ、地下鉄はありますが(笑))。副都心線の東池袋駅構想もありますけどね。
 路線は一方循環の単線非電化で計画されていて、ディズニーランドや近年JR東日本が運転している、バッテリー式の電車を走らせる計画のようです。とっても面白そうなので実現するといいな~と思っています。

終着駅シリーズ242:都庁前(’13年04月08日撮影)

 東京都営地下鉄12号大江戸線の始発駅の都庁前駅です。
 この駅は’97年12月19日に練馬~新宿間の部分開通時に途中駅として開業します。’00年12月12日には国立競技場~都庁前間の残り全線が開業し、現在の路線形態の始発駅となります。
 始発駅にも拘わらず付与されている駅番号はE28で、運転系統で次の駅となる新宿西口がE01となっています。(余談ですが、この新宿西口という駅名、いまだに某カメラ店を想像してしまうのは私だけでしょうか?)

 駅務室前の地下通路には都電時代の駅名標(都庁前)が額に入った状態で掲示されています。都電時代の都庁前駅は丸の内にあったのですが。

Friday, August 14, 2015

終着駅シリーズ241:北鉄金沢(’11年12月29日撮影)

 北陸鉄道浅野川線の始発駅の北鉄金沢です。1926年05月18日に浅野川電気鉄道の七ツ屋駅からの延長開業によって当駅が始発駅となります。’01年03月には地下化にともなって現在の地下通路に直結したものとなります。
 筆者は昔の地上線時代の路線は乗ったことがありますが、こんな地下駅になってしまっては、昔の面影を知る余地もありませんね。最近このような様子が全く変わってしまう鉄道駅が増えています。なんだか調子狂るいますね?
 

終着駅シリーズ240:定山渓(’11年12月04日撮影)

 定山渓鉄道線(白石~定山渓)の終着駅の定山渓です。鉄道は1918年10月17日に全線開業し、’69年11月01日に廃止となります。
 写真はその終着駅だった定山渓に立つ、じょうてつバスのバス駅です。かつての駅の敷地はこの後ろに、広い土地が広がっていて、広大なターミナル駅がうかがえるものとなっています。
 

Sunday, August 09, 2015

終着駅シリーズ239:前後(’11年08月20日撮影)

 名鉄名古屋本線の前後駅です。’23年04月01日に愛知電気鉄道の駅として開業し、現在に至ります。
 この駅は、名古屋市交通局の6号線(桜通線)の最終的な到達地点として計画されています。しかしここは豊明市に位置しているので、名古屋市としてここまで路線を延長するのかは疑問が残りますね。ただ、駅付近は名古屋市街地の急速な拡大に飲み込まれ、利用客が確実に増加しているようです。
 また、ここは藤田保健衛生大学病院へ最寄り駅となっていて、そこへの路線バスが頻繁に運転されています。この病院は徳重駅とこの駅のちょうど中間地点に位置していて、そのどちらの駅からも病院行きの路線バスが頻繁に運転されている状態となっているので、地下鉄の潜在需要はあるのかもしれませんね。
 

終着駅シリーズ238:知立(’11年08月20日撮影)

 現在の知立駅は、名古屋本線に三河線の電車を乗り入れ出来るように移転して開業したものです。駅は1923年04年01月に仮駅として開業し、1959年には乗り入れが出来るようになりました。
 駅は三河線の途中駅ですが、その歴史的経緯から0kmポストがあり、知立→碧南→吉良吉田方面と、知立→三河知立の二方向の始発駅となっています。三河知立にはさらに0kmポストがあり、三河知立→猿投→西中金方面へキロ数をカウントしているだとか。
 この辺は、JR線からも離れた路線配置になっているからか、名鉄の牙城となっていますね。

Friday, July 31, 2015

終着駅シリーズ237:桜木町(’12年02月11日撮影)

 鉄道ファンなら常識の日本で最初に鉄道が開通した(1872年06月12日)、新橋〜横浜間の横浜駅です。
 写真の東急東横線の桜木町駅は、’37年03月31日に高島町駅より延伸され、終着駅となりました。’04年01月30日で東横線の横浜高速鉄道への乗り入れ開始に伴って、東急東横線の当駅は廃止となっています。
 写真は撤去直前の’12年02月に撮影した同駅です。うしろのランドマークタワーとの対比がなんとも不思議な感じですね。

終着駅シリーズ236:湊川(’12年08月13日撮影)

 神戸電鉄の有馬線の始発駅、神戸高速鉄道南北線の終着駅の湊川です。
 かつては神戸電鉄のターミナル駅でした。1928年11月28日に開業し、’68年04月07日に神戸高速との直通運転の開始とともにターミナルの機能を新開地に譲り現在に至ります。
 駅にはかつてのターミナルであったころの名残、地上線の跡などが残っています。

Sunday, July 26, 2015

終着駅シリーズ235:七尾(’11年12月29日撮影)

 のと鉄道の始発駅の七尾です。でもJR西日本の七尾線の終着駅ではありません。
 路線の戸籍は複雑で、JR西日本はこの次の和倉温泉までが第1種鉄道事業者でその先は第3種鉄道事業者となっていて、のと鉄道は当駅から終点の穴水まで第2種鉄道事業者となっています。
 1898年04年24日に七尾鉄道の津端仮停留所(本津端)〜矢田新(七尾港)の開業時に途中駅として開業します。’91年09月01日にはのと鉄道が発足し、当駅がその始発駅となっています。
 筆者はん〜年ぶりにこの駅前に降り立ったのですが、昔と変わらない国鉄スタイルの駅に安心させられました。

終着駅シリーズ234:金沢(’11年12月29日撮影)

 JR西日本の北陸本線と北陸新幹線の終着駅で、IRいしかわ鉄道の始発駅でもある金沢駅です。
 1898年官設鉄道の終着駅として小松より延長されて開業しました。’15年03月14日には北陸新幹線が長野からここ金沢まで延長開業し終着駅となると同時に、並行在来線となった区間がJR線から切り離され、IRいしかわ鉄道線として再出発し、この駅がターミナルとなっています。
 筆者はん〜年ぶりにこの駅に降り立ったのですが、新幹線乗り入れ工事の関係か?すっかりと駅舎が様変わりしていて驚かされました。

Monday, July 20, 2015

終着駅シリーズ233:西谷(’14年11月01日撮影)

 都市鉄道等利便増進法に基づく建設途上にある、相鉄JR直通線(神奈川東部方面線)の始発駅の西谷です。2015年04月の開業予定ですが、まだ開業していません。
 国道16号線、八王子街道に面した駅で、そちら側には駅舎らしき建物がありません(あるけど撮影できない?)。反対側に回ってみると駅舎らしき建物がありました。未だにこの駅から新宿まで直通電車が走るとは想像できませんが、工事は着々と進んでいるようです。乗り入れは相鉄の10両編成とされていますが、湘南新宿ラインは15両編成が主体の路線ですから、相鉄の10両編成が走ると混乱するのではないでしょうか?

終着駅シリーズ232:白島(’14年09月15日撮影)

 広島電鉄白島線の終着駅の白島です。1912年11月23日に開業し、現在に至ります。
 この駅には八丁堀、江波からの9系統が乗り入れています。
 白島から約1kmのところには、JR西日本の新白島駅がアストラムラインとの乗換駅として新設され利便性が高まっていますが、その駅はここからは離れています。個人的にはこの駅から路線延長して西白島まで延長して新白島との利便性を図ってもいいような気がしますがどうなのでしょう?

Sunday, July 12, 2015

終着駅シリーズ231:中部国際空港(’11年08月20日撮影)

 名鉄の空港線の終着駅の中部国際空港です。
 空港線は’04年10月16日に空港関係者の限定駅として開業し、’05年01月29日に正式に開業し現在に至ります。
 全くの余談ですが、筆者は乗りつぶしのルールとして、普通鉄道は優等列車(特別料金を必要とする列車)による走破は認めない(優等以外が存在しない場合を除く)ということにしているため、この線の乗りつぶしは実は地味に大変でした。しかも個人的にはこのルールを忘れてミュースカイに乗って走破したことにしていて、後日乗り直しになるという痛恨のミスまでおかしています。この写真はその乗り直しの時の写真です。

Saturday, July 11, 2015

終着駅シリーズ230:名鉄名古屋(’11年08月20日撮影)

 名鉄名古屋本線の途中駅の名鉄名古屋です。
 ’41年に名岐線の始発駅として開業します。’44年に東西連絡線が開業して名鉄名古屋本線の途中駅となり、現在に至ります。この駅の賑やかさ既に読者のみなさんのご存知のとおりで、いまさらこのブログで告知することではありませんね。

Sunday, July 05, 2015

終着駅シリーズ5:三段峡(’12年01月28日撮影)

 JR西日本の可部線のかつての終着駅の三段峡です。
 三段峡駅は陰陽連絡の使命を受けた広浜線(今福線)の一部として広島より浜田を目指した鉄道として、ここ三段峡までが’69年07月27日(加計からの延長)に開業しています。JR線となってからは非電化で不採算路線となっていた可部〜三段峡までが’03年12月25日に廃止になっています。
 余談ですがこの可部線の廃止区間である、坪野〜田之尻間にはかつての旧国鉄の営業キロが2万キロを超えた時の記念碑が建てられていて、これが廃止区間に取り残されるという、とってもシュールなものに仕上がっています。
 三段峡駅は、路線廃止後、駅前にあったC11が撤去され(ウィキによればイオンモール広島府中に移設されたとか)、そしてかつて駅舎のあった場所には公衆トイレが、公衆トイレがあった場所には交流施設と簡単な線路のモニュメントが設置されています(筆者は行った時は冬場だったのでモニュメントは見えませんでした)。

終着駅シリーズ229:横川(’14年09月15日撮影)

 JR西日本の可部線の始発駅の横川です。山陽本線の途中駅でもあります。
 横川駅は1837年09月25日に山陽鉄道が広島〜徳山間の延長開業時に途中駅として開業します。1906年には国有化され国鉄に、その後1909年には可部線が部分開業しています。
 その可部線は国有化以前はは横川を起点とする私鉄であったころの名残で、ここ横川には引き上げ線があり、この駅を始発とする運転形態がメインでしたが、現在は全部の電車が広島駅まで乗り入れています。また可部線は輸送密度が19105人(’13年)で、これは地方交通線では最も多いと同時に唯一1万人を超えている線となっています。