Sunday, December 10, 2017

終着駅シリーズ325:砥用(’13年01月26日撮影)

Tomochi station

Tomochi chuo bus terminal
 かつての熊延鉄道の終着駅の砥用(ともち)です。熊延鉄道は熊本より延岡を目指して建設された鉄道で、最終的にここ砥用までの開業によりその先が建設されることはありませんでした。今考えるとなぜ延岡?と思いますが、どういう算数が成り立っていたのでしょうか。
 鉄道は1932年甲佐よりここまで延伸され終着駅となっています。そして’64年03月31日を持って廃止となり、その代替として現も熊本バスがこの地まで運転されています。そしてその駅舎は、廃止後約40年にわたって熊本バスの乗務員休憩所として活用され続け、その雄姿を残していた記録が残されています。
 1枚目の写真は、その駅跡地で広いバス車庫と小さいプレハブがあります。2枚目の写真はこの駅跡とは離れた場所にある、砥用中央のバス停でこちらにも割と広めのバスプールなどがあり、しかも割と街中にあるので利便性が高いようです。

Monday, December 04, 2017

終着駅シリーズ140:横浜(’17年09月16日撮影)

Yokohama station

 JR東日本、京急、東急、相鉄、横浜市営地下鉄、横浜高速の計6社が乗入れる横浜駅です。終着駅(始発駅)としては、JR東日本の根岸線、東急の東横線、相鉄の本線、横浜高速の各線がこの駅を終着ないしは始発駅としています。
 東横線は入っていた駅ビルが取り壊され、現在急ピッチで新しい駅舎が建設されていると途中というところです。

Sunday, November 19, 2017

終着駅シリーズ324:岩内(’13年01月12日撮影)

Iwanai station
Iwanai station
Iwanai station
Iwanai station
 旧国鉄は岩内線の終着駅の岩内です。1912年11月01日に鉄道院の岩内軽便線として小沢駅より当駅まで延伸され終着駅として開業します。時は流れ’85年07月01日に全線廃止となっています。
 駅の跡地には岩内町によって、道の駅いわないと岩内バスターミナルが作られています。wikiによれば開業当初の写真が掲示されている記念碑が建立されているようです(筆者にはどこにその記念碑があるのかちょっとわかりませんでした)。
 さて、写真の1枚目は、その旧駅舎跡地に建てられた、道の駅いわないです。観光案内所、岩内町の物産販売店などが入っています。そして写真の2枚目ら4枚目ははその道の駅の対面の建つ岩内バスターミナルです。

Sunday, November 12, 2017

終着駅シリーズ271:旭川(’13年01月06日撮影)

Asahikawa station
 函館本線の終着駅であり、宗谷本線と富良野線の始発駅の旭川です。
 もう2回目の登場なので、詳しい説明は省略します。まだまだ駅前広場の工事中です。それにしても雪がすごいね。

Friday, November 03, 2017

終着駅シリーズ323:羽幌(’13年01月05日撮影)

Haboro station
Haboro station
Haboro station
Haboro station
 旧国鉄は羽幌線の途中駅の羽幌です。
 駅は1932年09月01日に鉄道省の羽幌線は古丹別より延伸され同線の終着駅として開業します。そして1958年10月18日には羽幌線は全通となります。月日は流れ、羽幌線はJR民営化直前の’87年03月30日に廃止となっています。
 1枚目の写真は、旧駅舎跡地に建てられた、”羽幌地区をイメージしたタイル貼りの壁”だろうです。あまり大きな声では言えませんが、”もうちょっとなんとかならなかったのでしょうか?”。
 写真2枚目はその壁の少しだけ海岸側にある羽幌ターミナルです。バスが停まっていますが、先ほど初山別駅で見た同じ留萌十字街行きの沿岸バスです。
 3枚目の写真はその待合室です。羽幌は沿岸バスの本社所在地だけあってとっても立派なバスターミナルです。
 そして4枚目はそこでの展示物です。これは旧国鉄の羽幌線の?と思ったら、沿岸バスの歴史展示でした。さすがです。それにしても旧羽幌線の資料はどこにいっちゃったんでしょうね?

Sunday, October 29, 2017

終着駅シリーズ322:初山別(’13年01月05日撮影)

Shosanbetsu station
 旧国鉄は羽幌線の途中駅の初山別です。
 駅は1957年11月06日に国鉄の羽幌線の終着駅として開業します。1958年10月18日にはここ初山別より遠別まで路線が延伸され、羽幌線は全通となります。そしてその羽幌線はJR民営化直前の’87年03月30日に廃止となっています。
 写真のバス待合室は、国鉄時代の駅舎の跡地に建てられていて、撮影日現在、廃止転換バスである沿岸バスが乗り入れています。旧駅構内は細長い公園となっているようですが、冬場は全て雪に埋もれていてどこが公園だとか、全くわかりませんでした。そして写真に写るバスは沿岸バスの留萌十字街行きです。

Sunday, October 22, 2017

終着駅シリーズ321:幌延(’13年01月01日撮影)

Horonobe station
Horonobe station
 JR北海道宗谷本線の途中駅の幌延です。
 駅は1925年07月20日に鉄道省の天塩南線(現在の宗谷本線)の終着駅として開業します。1935年06月30日には天塩線(廃止となった羽幌線)が全通しこの終着駅となります。羽幌線はJR民営化直前の’87年03月30日に廃止となっています。
 この駅には特急、宗谷とサロベツが全便停車します。

Sunday, October 15, 2017

終着駅シリーズ320:稚内桟橋(’13年01月02日撮影)

<Wakkanaisanbashi station
 JR北海道宗谷本線の終着駅の稚内です。稚内桟橋はかつての稚泊航路連絡の便を図るため列車が乗り入れた、稚内駅構内の乗降場です(と聞くと小松島港線があったことを思い出しますが、年寄りの云々になるのでこの辺で…)。で撮影は、宿泊したホテルから撮っています。というとどのホテルに泊まったのかまでバレます。
 駅は1938年10月01日にここまで路線が延長され営業開始となります。その後1945年08月24日の稚内港への入港を最後に実質的に廃止となり、現在に至っています。

Saturday, October 14, 2017

池袋


に着きました。

別所温泉


さて、帰りますか

大学前


まで来ました。

下仁田


長野方面へバスで行けないことがわかり、
早くも予定崩壊。

西武バス!ちゃんとHPに書いとけ

大宮


今日も新幹線をご利用いただきまして…

Sunday, October 08, 2017

終着駅シリーズ319:稚内(’13年01月01日、03日撮影)

Wakkanai station
Wakkanai station
Wakkanai station
Wakkanai station
 JR北海道宗谷本線の終着駅の稚内です。日本最北端の駅ですよ〜。みんな知っていると思うけど。
 1928年12月26日稚内(現在の南稚内)から稚内港(現在の稚内)まで路線延伸して開業となりました。それまでは現在のロシアのコルサコフ(当時の大泊)への稚泊航路へ現在の南稚内からの2kmを歩いて徒歩連絡になっていたというから、昔の話とはいえにわかには信じがたい。
 1937年には、稚内港の北防波堤桟橋が竣工し、線路の延伸工事も行われ翌1938年には稚内桟橋(構内乗降場)までさらに路線が延伸されています。そして1939年には現在の稚内駅に改称されています。以来現在まで日本最北端の終着駅として頑張っています。
 さて、現在の駅舎は’11年の4月に開業しています。この駅はいろんなものが入って複合施設となっています。JR駅、バスターミナル、道の駅「わっかない」、売店、飲食店、コンビニエンスストア、地域交流センター、観光協会、シネマコンプレックスと高齢者住宅のグループホームと考えられるいろんな施設がいっぱいはいっています。
 写真。1枚目は駅舎です。これまでの駅舎とは90度向きが変わって、最北端の線路がこれ以上伸びないように線路を塞ぐように建てられています。2枚目はその改札口です。改札口には線路が繋がっていて駅舎の前まで行っています。3枚目はホームです。’10年に2番線が廃止となって1線1ホームの寂しいものとなっています。4枚目はキッズルームです。なかなかいいですね。

Sunday, October 01, 2017

終着駅シリーズ318:南稚内(’13年01月02、03日撮影)

Minamiwakkanai station
Minamiwakkanai station
Minamiwakkanai station
Minamiwakkanai station
 JR北海道宗谷本線の途中駅の南稚内です。
 1922年11月01日鉄道省の宗谷本線(のちの天北線)の延伸区間として、鬼志別から当駅まで延伸され終着駅の稚内駅として開業します。
 1924年06月25日には天塩北線が当駅から兜沼まで開業します。その後1928年12月26日には当駅〜稚内港(現在の稚内)まで延伸開業、1930年には路線呼称が変更され、宗谷本線(音威子府→浜頓別→南稚内)が北見線、天塩線(音威子府→幌延→南稚内)が宗谷本線とそれぞれなります。1939年には南稚内に改称されます。
 さらにその後89年05月01日には天北線が廃止となり、南稚内は宗谷本線の途中駅になります。
 写真の4枚目は駅舎内で展示されている。思い出の天北線と興浜北線の駅舎写真です。

Sunday, September 24, 2017

終着駅シリーズ317:鬼志別(’13年01月02日撮影)

Onishibetsu station
Onishibetsu station
Onishibetsu station
Onishibetsu station
 JR北海道は天北線の途中駅の鬼志別です。
 1920年11月01日鉄道省の宗谷本線の延伸区間として、浅茅野から当駅まで延伸され終着駅となります。
 その後1922年にはさらには稚内(現在の南稚内)まで延伸され途中駅となります。1930年には現在の宗谷本線の開通に伴い、この駅を通る路線は北見線に改称、さらにのちに天北線となります。
 写真の1枚目は駅跡に猿払村によって建てられた鬼志別BTの正面です(逆光で色がちょっと…すみません)。2枚目は切符売り場と待合室。3枚目はBT内にある鉄道資料館です、資料はかなり充実しています。そして4枚目の当時のポスター。個人的に懐かしいので。

Monday, September 18, 2017

さいはてシリーズ1:宗谷岬(’13年01月02日撮影)

Soyamisaki cape
Soyamisaki cape
 ”日本最北端の地”の宗谷岬です。
 日本最北端の宗谷岬です。北緯45度31分21秒、東経141度56分12秒にあり、旅行者が普通に立ち入ることができる地域としては日本最北端となります。宗谷岬の沖合約1kmには無人島の弁天島があり、北方領土を除くとそこが日本最北端となります。
 北方領土の択捉島にはカモイワッカ岬(北緯45度33分23秒)があって、ここが本来の日本最北端。ただロシア人の出入りは自由ですが、日本人が自由にここに行ける日は果たしてくるのかどうかは疑問ではあります。

Saturday, September 16, 2017