Sunday, October 15, 2017

終着駅シリーズ320:稚内桟橋(’13年01月02日撮影)

<Wakkanaisanbashi station
 JR北海道宗谷本線の終着駅の稚内です。稚内桟橋はかつての稚泊航路連絡の便を図るため列車が乗り入れた、稚内駅構内の乗降場です(と聞くと小松島港線があったことを思い出しますが、年寄りの云々になるのでこの辺で…)。で撮影は、宿泊したホテルから撮っています。というとどのホテルに泊まったのかまでバレます。
 駅は1938年10月01日にここまで路線が延長され営業開始となります。その後1945年08月24日の稚内港への入港を最後に実質的に廃止となり、現在に至っています。

Saturday, October 14, 2017

池袋


に着きました。

別所温泉


さて、帰りますか

大学前


まで来ました。

下仁田


長野方面へバスで行けないことがわかり、
早くも予定崩壊。

西武バス!ちゃんとHPに書いとけ

大宮


今日も新幹線をご利用いただきまして…

Sunday, October 08, 2017

終着駅シリーズ319:稚内(’13年01月01日、03日撮影)

Wakkanai station
Wakkanai station
Wakkanai station
Wakkanai station
 JR北海道宗谷本線の終着駅の稚内です。日本最北端の駅ですよ〜。みんな知っていると思うけど。
 1928年12月26日稚内(現在の南稚内)から稚内港(現在の稚内)まで路線延伸して開業となりました。それまでは現在のロシアのコルサコフ(当時の大泊)への稚泊航路へ現在の南稚内からの2kmを歩いて徒歩連絡になっていたというから、昔の話とはいえにわかには信じがたい。
 1937年には、稚内港の北防波堤桟橋が竣工し、線路の延伸工事も行われ翌1938年には稚内桟橋(構内乗降場)までさらに路線が延伸されています。そして1939年には現在の稚内駅に改称されています。以来現在まで日本最北端の終着駅として頑張っています。
 さて、現在の駅舎は’11年の4月に開業しています。この駅はいろんなものが入って複合施設となっています。JR駅、バスターミナル、道の駅「わっかない」、売店、飲食店、コンビニエンスストア、地域交流センター、観光協会、シネマコンプレックスと高齢者住宅のグループホームと考えられるいろんな施設がいっぱいはいっています。
 写真。1枚目は駅舎です。これまでの駅舎とは90度向きが変わって、最北端の線路がこれ以上伸びないように線路を塞ぐように建てられています。2枚目はその改札口です。改札口には線路が繋がっていて駅舎の前まで行っています。3枚目はホームです。’10年に2番線が廃止となって1線1ホームの寂しいものとなっています。4枚目はキッズルームです。なかなかいいですね。

Sunday, October 01, 2017

終着駅シリーズ318:南稚内(’13年01月02、03日撮影)

Minamiwakkanai station
Minamiwakkanai station
Minamiwakkanai station
Minamiwakkanai station
 JR北海道宗谷本線の途中駅の南稚内です。
 1922年11月01日鉄道省の宗谷本線(のちの天北線)の延伸区間として、鬼志別から当駅まで延伸され終着駅の稚内駅として開業します。
 1924年06月25日には天塩北線が当駅から兜沼まで開業します。その後1928年12月26日には当駅〜稚内港(現在の稚内)まで延伸開業、1930年には路線呼称が変更され、宗谷本線(音威子府→浜頓別→南稚内)が北見線、天塩線(音威子府→幌延→南稚内)が宗谷本線とそれぞれなります。1939年には南稚内に改称されます。
 さらにその後89年05月01日には天北線が廃止となり、南稚内は宗谷本線の途中駅になります。
 写真の4枚目は駅舎内で展示されている。思い出の天北線と興浜北線の駅舎写真です。

Sunday, September 24, 2017

終着駅シリーズ317:鬼志別(’13年01月02日撮影)

Onishibetsu station
Onishibetsu station
Onishibetsu station
Onishibetsu station
 JR北海道は天北線の途中駅の鬼志別です。
 1920年11月01日鉄道省の宗谷本線の延伸区間として、浅茅野から当駅まで延伸され終着駅となります。
 その後1922年にはさらには稚内(現在の南稚内)まで延伸され途中駅となります。1930年には現在の宗谷本線の開通に伴い、この駅を通る路線は北見線に改称、さらにのちに天北線となります。
 写真の1枚目は駅跡に猿払村によって建てられた鬼志別BTの正面です(逆光で色がちょっと…すみません)。2枚目は切符売り場と待合室。3枚目はBT内にある鉄道資料館です、資料はかなり充実しています。そして4枚目の当時のポスター。個人的に懐かしいので。

Monday, September 18, 2017

さいはてシリーズ1:宗谷岬(’13年01月02日撮影)

Soyamisaki cape
Soyamisaki cape
 ”日本最北端の地”の宗谷岬です。
 日本最北端の宗谷岬です。北緯45度31分21秒、東経141度56分12秒にあり、旅行者が普通に立ち入ることができる地域としては日本最北端となります。宗谷岬の沖合約1kmには無人島の弁天島があり、北方領土を除くとそこが日本最北端となります。
 北方領土の択捉島にはカモイワッカ岬(北緯45度33分23秒)があって、ここが本来の日本最北端。ただロシア人の出入りは自由ですが、日本人が自由にここに行ける日は果たしてくるのかどうかは疑問ではあります。

Saturday, September 16, 2017

Saturday, September 02, 2017

Saturday, August 26, 2017

終着駅シリーズ316:浜頓別(’13年01月01日撮影)

Hamatombetsu station
Hamatombetsu station
Hamatombetsu station
Hamatombetsu station
 JR北海道は天北線の途中駅の浜頓別です。
 1918年08月25日鉄道院の宗谷線の延伸区間として、中頓別から当駅まで延伸され終着駅となります。その後1919年にはさらに延伸され途中駅となります。1930年には現在の宗谷本線の開通に伴い、この駅を通る路線は北見線に改称、さらにのちに天北線となります。この駅を始発とする興浜北線は1936年07月10日に開通し、’85年07月01日まで運転されていて、その間この駅は分岐駅(始発駅)との役割を果たしていました。そして浜頓別駅はJR化後の’89年05年01日に天北線と共に廃止になっています。
 写真の1枚目は駅跡に浜頓別町によって建てられた浜頓別BTの正面です。かつての広い駅構内に建てられたためか、BTのまわりは広いガランとした空き地になっています。2枚目は切符売り場。3枚目はBT内にある鉄道資料です。2階は町立図書館になっています。この日は閉館日だったので中の様子はわかりませんでした。そして4枚目の写真はここがかつて駅であったことを示す貴重な資料。これも展示品に加えた方が個人的にはいいんじゃないか?と思うのですが
 

Sunday, August 20, 2017

終着駅シリーズ315:音威子府(’12年12月31日撮影)

Otoineppu station
Otoineppu station
Otoineppu station
 JR北海道は宗谷本線の途中駅の音威子府です。
 1912年11月05日鉄道院の宗谷線の延伸区間として、恩根内から当駅まで延伸され終着駅となります。その後1914年にはのちに天北線となる宗谷線が小頓別まで延伸され途中駅となります。さらに1922年にはのちに宗谷本線となる天塩線が誉平まで開業し再び始発駅となります。
 そして、時が流れ約67年後の’89年05月01日に天北線は廃止となり、再び宗谷本線の途中駅に戻りました。
 現在の駅舎は音威子府村の予算により建て替えられたもので、バス待合所を兼ねていてその名称を交通ターミナルと称しています。筆者は宗谷バスの管理で無人駅かと思い込んでいましたが、営業時間内には駅員さんもいるようです。また駅にはかつての天北線の資料室、”天北線資料室”が作られています。そして音威子府と言えば駅そばです。筆者訪問時には営業していなかったので、やめちゃったのかな?と思ったがそんなこともなく引き続き営業しているようです。そば粉100%の音威子府そばは有名ですよね?
 

Saturday, August 19, 2017

帰ります


最後まで見ていただきましてありがとうございます