この駅の説明もおそらく不要でしょう。
秋田新幹線の開通により秋田もずいぶんと発展しました。筆者はかつての地平の駅を利用した事があります。
Sunday, July 04, 2021
終着駅シリーズ379 札幌(’14年12月10日撮影)
この駅の説明は必要ないでしょう。
かつての広い駅構内を縮小し、駅ビルが建てられています。一番高いのはJRタワー、一番上が展望台となっています。
新幹線乗り入れを考慮せずに縮小してしまったため、新幹線駅の場所が問題となっていましたが、現在の駅を少し過ぎたJRタワー付近の地下に建設されることが決まりました。
かつての広い駅構内を縮小し、駅ビルが建てられています。一番高いのはJRタワー、一番上が展望台となっています。
新幹線乗り入れを考慮せずに縮小してしまったため、新幹線駅の場所が問題となっていましたが、現在の駅を少し過ぎたJRタワー付近の地下に建設されることが決まりました。
終着駅シリーズ378 十和田南(’15年01月04日)
’20年に旧国鉄の花輪線の途中駅、毛馬内として開業しました。路線の途中ですが、スイッチバック駅となっています。
これは開業当初に小坂方面への延伸計画があったためのもの。かつては名前のとおり十和田湖方面への路線バスが発着し、観光拠点となっていましたが、現在はその路線バスもなくなりひっそりとしていす。
これは開業当初に小坂方面への延伸計画があったためのもの。かつては名前のとおり十和田湖方面への路線バスが発着し、観光拠点となっていましたが、現在はその路線バスもなくなりひっそりとしていす。
終着駅シリーズ377 小坂(’15年01月02日撮影)
小坂鉄道の終着駅の小坂です。旅客営業は’94年にそして、貨物鉄道としての営業も’09年に廃止されています。
’14年からは、小坂鉄道レールパークとして、数々の保存車両の展示と、構内でディーゼル機関車の運転体験ができる施設としてオープンしています。しかし夏季のみの営業で、冬場は写真のように閉鎖されています。
’14年からは、小坂鉄道レールパークとして、数々の保存車両の展示と、構内でディーゼル機関車の運転体験ができる施設としてオープンしています。しかし夏季のみの営業で、冬場は写真のように閉鎖されています。
終着駅シリーズ376 矢島(’14年12月31日撮影)
久々の終着駅シリーズです。こんなコロナ禍が長く続くとは考えてもいませんでした。
早く自由に旅行に行けるようにならないかな。そろそろ動画もとりたいし。
さて、本日ご紹介するのは由利高原鉄道鳥海山ろく線の終着駅の矢島(やしま)です。
駅は、’38年に旧国鉄の矢島線の終着駅羽後矢島として開業しました、その後第3セクター化されその時に矢島駅となりました。
駅舎は第3セクター化後の2000年に立て替えられました。1日の乗降客数は約300人。由利高原鉄道の本社が併設されていて、通常は有人駅らしいですが、筆者の訪問時には完全無人駅になっていました。広い駅舎には駅員はおろか乗客も誰もいない状態でした。
早く自由に旅行に行けるようにならないかな。そろそろ動画もとりたいし。
さて、本日ご紹介するのは由利高原鉄道鳥海山ろく線の終着駅の矢島(やしま)です。
駅は、’38年に旧国鉄の矢島線の終着駅羽後矢島として開業しました、その後第3セクター化されその時に矢島駅となりました。
駅舎は第3セクター化後の2000年に立て替えられました。1日の乗降客数は約300人。由利高原鉄道の本社が併設されていて、通常は有人駅らしいですが、筆者の訪問時には完全無人駅になっていました。広い駅舎には駅員はおろか乗客も誰もいない状態でした。
Friday, March 19, 2021
Wednesday, December 30, 2020
Tuesday, December 29, 2020
Monday, December 28, 2020
Tuesday, October 20, 2020
横浜市営バス 20系統
横浜市営バス20系統です。
横浜市営バス、20系統(豆口線)は’37年に豆口から保土ケ谷橋への路線として開業しました。当時は馬車道や戸部通りを走ったりと現在とはだいぶ様子が違う路線だったようです。
戦時中の休止期間を経て戦後の’50年に同じ区間で復活します。この時は横浜駅前経由となっていて現在の路線に近いものとなりました。その後保土ケ谷橋側は徐々に延長され’62年には蒔田野入口(現在の平和台)まで至る長大系統となっていました。’64年の根岸線(桜木町ー磯子間)の開通に伴なう、路線の見直しにより両端が短縮されて、横浜駅前からやまて駅前までの路線となりました。ただし当時は中華街の中をとおっていました。
’70年ごろには路線バスの大型化に伴って中華街への乗り入れが中止され、本町通りを走る時代が長く続きます。 次に大きな変化があったのが、’05年のみなとみらい線の開通。この時に中華街入口から横浜駅側の路線を廃止し、山下ふ頭への路線と変更されます。車両も小型車(朝ラッシュ時のみ中型車)になります。一部車庫への入出庫便では、終点のひとつ手前の横浜人形の家前(山下ふ頭入口)までの運転となる便も設定されていました。
この変更は大変な不評を買い’13年からは再び桜木町駅までの路線が復活しています。
20:山手駅前~港の見える丘公園~元町入口
山手駅前~港の見える丘公園・中華街入口~桜木町駅前
山手駅前~港の見える丘公園・マリンタワー前~山下ふ頭
(担当:本牧営業所)
横浜市営バス、20系統(豆口線)は’37年に豆口から保土ケ谷橋への路線として開業しました。当時は馬車道や戸部通りを走ったりと現在とはだいぶ様子が違う路線だったようです。
戦時中の休止期間を経て戦後の’50年に同じ区間で復活します。この時は横浜駅前経由となっていて現在の路線に近いものとなりました。その後保土ケ谷橋側は徐々に延長され’62年には蒔田野入口(現在の平和台)まで至る長大系統となっていました。’64年の根岸線(桜木町ー磯子間)の開通に伴なう、路線の見直しにより両端が短縮されて、横浜駅前からやまて駅前までの路線となりました。ただし当時は中華街の中をとおっていました。
’70年ごろには路線バスの大型化に伴って中華街への乗り入れが中止され、本町通りを走る時代が長く続きます。 次に大きな変化があったのが、’05年のみなとみらい線の開通。この時に中華街入口から横浜駅側の路線を廃止し、山下ふ頭への路線と変更されます。車両も小型車(朝ラッシュ時のみ中型車)になります。一部車庫への入出庫便では、終点のひとつ手前の横浜人形の家前(山下ふ頭入口)までの運転となる便も設定されていました。
この変更は大変な不評を買い’13年からは再び桜木町駅までの路線が復活しています。
20:山手駅前~港の見える丘公園~元町入口
山手駅前~港の見える丘公園・中華街入口~桜木町駅前
山手駅前~港の見える丘公園・マリンタワー前~山下ふ頭
(担当:本牧営業所)
Wednesday, August 12, 2020
Saturday, August 08, 2020
Sunday, August 02, 2020
Sunday, July 19, 2020
Monday, July 06, 2020
YT h3f3fチャンネル 祝!登録者500人
おゆーちゅーぶ様から、お祝いのメッセージをいただきました。
h3f3fチャンネル、チャンネル登録者500人、おめでとーとのことです。
それもこれも視聴者様のおかげです。これからもヨロシクお願いします。
h3f3fチャンネル、チャンネル登録者500人、おめでとーとのことです。
それもこれも視聴者様のおかげです。これからもヨロシクお願いします。
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