人工降雪きフル稼働〜
今日は滑るぞ
Monday, December 23, 2013
Saturday, December 21, 2013
Friday, December 20, 2013
雪がないよ〜
また、あしたから遠征を予定しているのですが、
”雪がないよ〜”
いま調べたら明日から行く予定のスキー場の殆どがオープン延期だそうです。
困ったな〜どうしよう。
ただただドライブに終わりそうな予感。
宿にはもう行くって言っちゃったし(寒)
”雪がないよ〜”
いま調べたら明日から行く予定のスキー場の殆どがオープン延期だそうです。
困ったな〜どうしよう。
ただただドライブに終わりそうな予感。
宿にはもう行くって言っちゃったし(寒)
Saturday, December 14, 2013
終着駅シリーズ182:桜島(’13年11月10日撮影)
1905年04月01日に西成鉄道の安治川口−天保山間延長開業とともに天保山の名前で終着駅となりました。
1909年10月12日には国有化され西成線(大阪−天保山間)となります。さらに1910年04月15日には路線が300メートル延長され現在の桜島駅がこの線の終点となります。その後さらに路線は貨物支線の大阪北港駅まで延長される(現在は廃止)。そして’61年04月25日には、現在の形の大阪環状線が全線開通します。この時に旧西成線は、ここ西九条と桜島の間を桜島線として分離され現在の路線形態となります。
’66年には駅を500m東方へ移転し、当初の天保山駅とほぼ同じ場所に戻って現在に至ります。
京阪中之島線やOTS線の桜島への延長開業の構想も上がっているようですが、具体的な動きはまだないようです。OTSの路線は大阪オリンピック予定地の舞州(まいしま)を経由するものだったため、本当に構想が実現するかどうかは不透明な部分が多いですね。
1909年10月12日には国有化され西成線(大阪−天保山間)となります。さらに1910年04月15日には路線が300メートル延長され現在の桜島駅がこの線の終点となります。その後さらに路線は貨物支線の大阪北港駅まで延長される(現在は廃止)。そして’61年04月25日には、現在の形の大阪環状線が全線開通します。この時に旧西成線は、ここ西九条と桜島の間を桜島線として分離され現在の路線形態となります。
’66年には駅を500m東方へ移転し、当初の天保山駅とほぼ同じ場所に戻って現在に至ります。
京阪中之島線やOTS線の桜島への延長開業の構想も上がっているようですが、具体的な動きはまだないようです。OTSの路線は大阪オリンピック予定地の舞州(まいしま)を経由するものだったため、本当に構想が実現するかどうかは不透明な部分が多いですね。
終着駅シリーズ181:上砂川(’11年02月07日撮影)
JR北海道の函館本線(上砂川支線)の終着駅の上砂川です。
1918年11月05日三井鉱山の専用線として開業し、1926年08月01日には国有化と同時に旅客開業し国鉄の終着駅となった。そして民営化後の’94年05月16日に廃止となっています。
廃止後に駅舎はかつての駅構内に向きを変えて移設され、数台の客車や貨車とともに展示されています。一方で写真のかつての駅跡には公衆トイレを併設したバス待合所が建てられています。
1918年11月05日三井鉱山の専用線として開業し、1926年08月01日には国有化と同時に旅客開業し国鉄の終着駅となった。そして民営化後の’94年05月16日に廃止となっています。
廃止後に駅舎はかつての駅構内に向きを変えて移設され、数台の客車や貨車とともに展示されています。一方で写真のかつての駅跡には公衆トイレを併設したバス待合所が建てられています。
Sunday, December 08, 2013
Saturday, December 07, 2013
終着駅シリーズ180:歌志内(’11年02年07日撮影)
JR北海道の歌志内線の終着駅の歌志内です。
1891年07月05日北海道炭坑鉄道の路線として開業します。その後路線は国有化され、分割民営化後の’88年04月25日に廃止となります。
かつての駅跡地には郵便局が拡張して建てられています。その脇の道を入っていくと細長い窪地があってかつての路線跡を形成しています。また、写真右側の駅前には当時からあったと思われる大きなタクシー会社の建物が建っています。
1891年07月05日北海道炭坑鉄道の路線として開業します。その後路線は国有化され、分割民営化後の’88年04月25日に廃止となります。
かつての駅跡地には郵便局が拡張して建てられています。その脇の道を入っていくと細長い窪地があってかつての路線跡を形成しています。また、写真右側の駅前には当時からあったと思われる大きなタクシー会社の建物が建っています。
終着駅シリーズ179:鶴町車庫前(’13年11月13日撮影)
大阪市電鶴町線(小林町−鶴町車庫前−大運橋通)の終着駅の鶴町車庫前です。
1918年12月28日に大運橋通−鶴町四丁目間の開業で終着駅となりました。その後1920年05年15日には小林町まで延長開業され、鶴町線の全線開業となりました。
戦後の’54年には鶴町二丁目からの車庫の移設により、駅名を鶴町四丁目から鶴町車庫前に改称しています。’55年10月10日には大正内港開削工事に伴って鶴町車庫前−小林町間が廃止となり、当駅が終着駅となります。そしてその後の’67年08月01日には市電が廃止となります。
旧車庫は現在も市営バスの車庫として活用されていて、多くの路線がここ鶴町四丁目を終点(又は起点)として運転されています。一方内港開削によって廃止になった、ここ以北の区間には大阪市建設局の運営による千歳渡船が連絡しています。また現在は千歳橋の開通にともなってこの区間にも路線バスの108系統も走るようになっています。
1918年12月28日に大運橋通−鶴町四丁目間の開業で終着駅となりました。その後1920年05年15日には小林町まで延長開業され、鶴町線の全線開業となりました。
戦後の’54年には鶴町二丁目からの車庫の移設により、駅名を鶴町四丁目から鶴町車庫前に改称しています。’55年10月10日には大正内港開削工事に伴って鶴町車庫前−小林町間が廃止となり、当駅が終着駅となります。そしてその後の’67年08月01日には市電が廃止となります。
旧車庫は現在も市営バスの車庫として活用されていて、多くの路線がここ鶴町四丁目を終点(又は起点)として運転されています。一方内港開削によって廃止になった、ここ以北の区間には大阪市建設局の運営による千歳渡船が連絡しています。また現在は千歳橋の開通にともなってこの区間にも路線バスの108系統も走るようになっています。
Sunday, December 01, 2013
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