JR西日本三江線の始発駅の江津(ごうつ)です。三江線は’18年3月に惜しまれつつ廃止となってしまいました。
Sunday, September 17, 2023
終着駅シリーズ435 口羽(’15年11月21日撮影)
JR西日本三江線の途中駅の口羽(くちば)です。口羽は三江線全通以前の三江南線(三次ー口羽)の終着駅で1963年に開通しました。
ここから浜原までの区間が三江線で最後に開通した区間で露骨に線路規格が変わる不思議路線でした。空中駅で有名な宇都井もこの区間にありました。
ここから浜原までの区間が三江線で最後に開通した区間で露骨に線路規格が変わる不思議路線でした。空中駅で有名な宇都井もこの区間にありました。
終着駅シリーズ433 女川(’15年10月25日撮影)
JR東日本石巻線の終着駅の女川(おながわ)です。’11年3月の東日本大震災で発生した津波を受け駅舎は消失してしまいました。復旧には終着駅の地盤高さを7m嵩上げし、約200mかつての終点より手前に駅舎を再建することになり、写真の大きな駅舎が’15年3月に落成しました。
大きな駅舎ですが無人駅で、殆どのスペースが”女川町温泉温浴施設 ゆぽっぽ”と呼ばれる日帰り温泉として営業しています。
約200m短くなったかつての石巻線の路線部には、”シーパルピア女川”という商店街が整備されています。
シーパルピア女川のつきあたりには、旧女川駅舎の外観を復元した建物、”女川水産業体験館 あいがんステーション”が建っていて、かつての女川駅舎を偲ぶ事ができます。 女川水産業体験館 あいがんステーションから海側はかつての地面が広がっていて、女川町海岸公園となっています。その一角に保存されたこの建物遺構が、かつて女川駅前に建っていた女川交番の遺構でその場所で震災遺構として保存されることになっています。
大きな駅舎ですが無人駅で、殆どのスペースが”女川町温泉温浴施設 ゆぽっぽ”と呼ばれる日帰り温泉として営業しています。
約200m短くなったかつての石巻線の路線部には、”シーパルピア女川”という商店街が整備されています。
シーパルピア女川のつきあたりには、旧女川駅舎の外観を復元した建物、”女川水産業体験館 あいがんステーション”が建っていて、かつての女川駅舎を偲ぶ事ができます。 女川水産業体験館 あいがんステーションから海側はかつての地面が広がっていて、女川町海岸公園となっています。その一角に保存されたこの建物遺構が、かつて女川駅前に建っていた女川交番の遺構でその場所で震災遺構として保存されることになっています。
終着駅シリーズ432 石巻(’15年10月25日撮影)
JR東日本仙石線の終着駅の石巻です。石巻線への乗換駅です。
2枚目の写真はかつての仙石線の石巻駅の跡地です。仙石線の駅はその歴史的経緯から駅舎が通りを挟んで別になっていましたが、仙石東北ラインの運転にともなって、石巻線の駅にまとめられました。
2枚目の写真はかつての仙石線の石巻駅の跡地です。仙石線の駅はその歴史的経緯から駅舎が通りを挟んで別になっていましたが、仙石東北ラインの運転にともなって、石巻線の駅にまとめられました。
終着駅シリーズ431 高城町(’15年10月25日撮影)
JR東日本、東北本線支線(仙石線・東北本線接続線)の終着駅の高城町です。この支線の開通で石巻方面の電車?はこの支線を経由した仙石東北ラインとして運転されるようになり、仙石線の電車は基本的にこの高城町での折り返しとなりました。
終着駅シリーズ427 槻木(’15年04月27日撮影)
阿武隈急行の終着駅で東北本線との乗換駅です。阿武隈急行のこの部分は’68年に国鉄丸森線(槻木ー丸森)として開業しましたが、国鉄改革の一環として第1次特定地方交通線(営業キロが30km以下で旅客輸送密度が2000人/日未満)に指定され、’86年に現在の第三セクター鉄道である阿武隈急行に転換されています。
Wednesday, August 16, 2023
終着駅シリーズ3 北濃(’16年01月01日撮影)
長良川鉄道越美南線の終着駅で、駅番号は37です。
国鉄時代に越美北線と結ばれる予定で建設された越美南線は1934年にここまで開通。しかし、その後国鉄改革の時代に入り、ここより北側に新線が建設されることはなかった。’86年には第三セクターの長良川鉄道に経営が引き継がれて現在に至っています。
国鉄時代に越美北線と結ばれる予定で建設された越美南線は1934年にここまで開通。しかし、その後国鉄改革の時代に入り、ここより北側に新線が建設されることはなかった。’86年には第三セクターの長良川鉄道に経営が引き継がれて現在に至っています。
終着駅シリーズ425 美濃(’16年01月01日撮影)
かつての名鉄美濃町線の終着駅の美濃です。 2005年に駅本屋およびプラットホーム・線路が国の登録有形文化財として登録され保存されています。
路線は1911年に上有知駅(こうずちえき)として開通し、以来、美濃町→新美濃町→美濃と数度の改名ののち、’99年4月に新関以北の廃線に伴って廃駅となりました。
路線は1911年に上有知駅(こうずちえき)として開通し、以来、美濃町→新美濃町→美濃と数度の改名ののち、’99年4月に新関以北の廃線に伴って廃駅となりました。
終着駅シリーズ66 関(’16年01月01日撮影)
かつての名鉄美濃町線の終着駅の関です。
’99年04月の新関−美濃間の部分廃止のあと、利用者の便を図るために新関から長良川鉄道の関に連絡するここまでの路線延長をし(手続き上は路線移設とのこと)ここ関が終着駅となりました。
新関−関間は’99年04月から’05年04月までのちょうど6年しか、電車が運転されなかったことになり、近年の廃線では特筆すべき短命でした。
最後の1枚は隣接する長良川鉄道の関駅の写真です。
’99年04月の新関−美濃間の部分廃止のあと、利用者の便を図るために新関から長良川鉄道の関に連絡するここまでの路線延長をし(手続き上は路線移設とのこと)ここ関が終着駅となりました。
新関−関間は’99年04月から’05年04月までのちょうど6年しか、電車が運転されなかったことになり、近年の廃線では特筆すべき短命でした。
最後の1枚は隣接する長良川鉄道の関駅の写真です。
終着駅シリーズ143 岩代川俣(’15年08月29日撮影)
国鉄川俣線の終着駅の岩代川俣です。松川を起点とする川俣線は’72年05月14日に廃止になっています。わずか12.2kmの路線でした。
廃止後この地には川俣線資料館が作られましたが、年月が経って、その建物は公民館として使われています。唯一の痕跡がその名前にあり”元川俣線資料館”となっています。
廃止後この地には川俣線資料館が作られましたが、年月が経って、その建物は公民館として使われています。唯一の痕跡がその名前にあり”元川俣線資料館”となっています。
終着駅シリーズ21 渋谷(’14年03月23日撮影)
東急東横線の渋谷駅です。東急の顔とも呼ぶべき東横線のターミナル駅でしたが、’13年3月16日に東京メトロ副都心線への直通運転の開始とともに、写真の場所にあった地上駅が解体となり再開発が始まっています。
終着駅シリーズ423 飯坂温泉(’15年08月30日撮影)
福島交通飯坂線の終着駅の飯坂温泉です。駅は1927年に開業しています。そして1982年には路線が100m延伸し、駅が現在地に移転しています。さらに2010年に駅の改装をして綺麗な駅舎になっています。
駅の案内サインなどは更新されていないのか、旧国鉄の案内サインの味を多く残すものとなっています(国鉄線の駅ではではないですが)。
駅の案内サインなどは更新されていないのか、旧国鉄の案内サインの味を多く残すものとなっています(国鉄線の駅ではではないですが)。
Subscribe to:
Posts (Atom)

